活動報告 

活動の報告をブログから移す作業が滞っています。

しばらくの間「すなこブログ」と連動して見てくださいますと幸いです。

誠に申し訳ありません。

 

 

i-くさのねプロジェクトの紹介ポップ

2013.2.19 古タオルをお届けしました。

仮設住宅やみなし仮設などで古タオルが必要。募れないか。と地元の方から依頼があり、Facebookで発信をさせていただきました。(介護用、児童館、掃除各種)

全国から多くの方がご協力くださり多くのタオルをお届けすることができました。

 

びっくりするくらいの量のタオルを送っていただき
呼びかけられた皆さんがとても驚いていらっしゃいました。

お志心より感謝しています。本当にありがとうございます。
お一人お一人にお礼を伝えることができず大変申し訳ありませんが
どうぞよろしくお伝えいただきたいです。

また、
今回のタオルお届けがきっかけで新たな繋がりができました。

津波被害により今春に廃校がきまった小学校のお別れ会手伝いと、
仮設住人の方々の作られている販売品の応援をさせていただきます。

小学校は長年学び舎として親しまれていた場所で、解体前に屋上に上がって風船を飛ばそうと計画されています。
地域で資金を出し合いヘリウム風船を準備するとのことなので一部協力させていただこう思っています。

仮設での販売品は、皆さん謙虚過ぎて大した身入りとなっていないことがわかりました。
どれも手の込んだ作品なので、あちこちに紹介するつもりです。

地元の人間でない私が地域の中に入っていけるのも
地元で長年活動されておられる「いちごの会」岡部さんご夫妻の存在があってこその活動です。
今回の仲介も全てをお膳立てしてくだいました。本当に感謝しています。

そして全国からタオルを送ってくださった皆様には心よりお礼申し上げます。
ご尽力くださり本当にありがとうございました。

 

 


 

2011.9 高校生のボランティア

 佐賀の高校生がボランティア活動に参加したいと、お母さんと二人で仙台へ来られました。

活動はあいにくの雨で一日となりましたが、その時のレポートを紹介いたします。

長文ですが、高校生の素直な気持ちをとてもリアルに書いてくれました。

 

 

 

 

七ヶ浜のレポートを送ります。

 


 9月19日天候は曇り一時雨。僕たちは6時30分に出発した。

仙台市から七ヶ浜までは車でほぼ1時間。七ヶ浜に着いたのは7時30分ごろだった。

「ちょっと早く着きすぎたから周りを見て回ろうか?」と母が言い、七ヶ浜をちょっとだけ探索した。

 集合所の周りでは、仮設住宅はあったが町民プールが普通に経営しており僕の想像よりはるかにマシというとおかしいがそんな感じだった。しかし、海沿いへ出てみると丘のように積み上げられたがれきの山が見えた。

ぞっとした。

 大雑把に見ても何百トンというがれき山にクレーンが3台か4台のっていた。テレビ見ていた光景以上にこの津波の被害のすごさが伝わってきた。それからどんどん海辺のほうへくだっていくと、何もない。一面が草原になっていて津波が来る前
はどんな姿になっていたのかがわからない。よくみると、所々には流された家やがれきがあり、津波に流された光景がわかるような状態になっていた。

一階はなく二階は窓ガラスがすべて割れ、部屋中ぐしゃぐしゃだった。このような光景を45分ぐらいみた後、集合場所に戻った。

 次々とボランティアの人がやってきてすぐ近くのテントの中で暮らしていた人たちもでてきた。そして、点呼時間になった。受け付けは8時20分からで受付した後、ゼッケンをつけ、椅子に座り、マッチングを待っていた。集合場所の周りには長淵剛さんのサインがあった。ほかにも、小中大の応援メッセージなどがあった。そして5分ぐらいしてマッチングが始まった。僕のお母さんは七ヶ浜の集会会場に行くことになり、僕は海岸付近での流された家の土台の修復作業へ4人1組で行った。後から知ったのだが高校生は親と一緒の仕事でなければならなかったらしい。、、、。

 さて、僕は午前中の場所へいった。初めてみる海岸近くの住宅地。半年たった今はどうなっているのか。見てみると「あ、意外と家が建ってる。復興が進んでいるな。」と嬉しそうにしていた。しかし、どんどん近付くにつれまがまがしい家の状態を目にした。窓ガラスはすべて割れ家の中はぐちゃぐちゃ。何も変わっていないじゃないか!!もう一度、確かめとしてあたりを見渡した。立っている家の中はほとんどぐちゃぐちゃあとはリフォーム中だった。一軒だけきれいに新しく作られていた家もあった。その他はすべて土台だけ。すべて流されているか、土に物が埋まっているかして残っているだけだった。そんな中で作業が始まった。僕のメンバーは計6人。二人はボランティア団体の人大学生とおばちゃんだった。後の僕以外の3人は北海道からのおじちゃん二人と東京のおじちゃん1人だった。みんな被災地でのボランティア経験があり、僕だけ初心者だった。、、、

 作業が始まった。作業内容は家の土台の土の中に埋まったガラスの破片を取り除く作業。今日はその作業の仕上げの日だった。後、直線7メートルぐらいの砂に埋まったガラスを仕分けて土は土嚢にいれて捨てなければならない。作業はなかなかススイッと進まなかった。みんな初対面だったので役割分担が合わず、それにこの活動は初めてだ、という人がほとんどで慣れるまでに時間がかかった。土の中からは大量の割れたガラス、コンクリート、紙飛行機、鉛筆などが出てきた。多分この家にはこどもがいたのだろう。ちいさなこどもが。そのこどもは亡くなったのかは分からないが飛行機が大量に出てきたので、飛行機でよく遊んでいたことが分かった。

片付け作業は、勝手に人の家のものを取って壊すよ負うな感じがして抵抗があった。それでも作業を続け休憩になった。休憩の間僕はずっと周りの景色を眺めていた。ほんとうにひどかった。広い草原の中に廃墟が建っている感じだった。3ヶ月間ずっとここでボランティアをしている大学生に質問してみた。「ここは全然進んでないですね。」「いや、これでもボランティアさんたちのおかげで結構進んだほうなんですよ。」「けど、廃墟ばっかりしかないじゃないですか。」「これは、まだ手がつけれないところか政府が津波対策のため家をどのように建てればいいかまだ決めていないからたてられないんだ。」そんな話をしながら休憩していた。

 他の一緒に来た人たちは興味本位で写真を撮っていた。もちろん怒られた。

 後半が始まった。今度はみんなの息があい、予定していたより早くここを終わらせることができた。なので、いったん昼食をしに集会所に戻り、昼食を済ませた後、今度はさっきのところよりもっと作業が進んでいないところへ行った。そこでは僕たちのチームを含め5チーム、計二十人と七ヶ浜スタッフ5人の計25人で一つの家の土台を作業していた。作業内容は海底から地上に持ってこられたヘドロを土嚢に詰める作業。まず、家の土台に乗った倒木を違うところに持っていく作業からはじまった。これはなんなく15分ぐらいでクリアした。次がヘドロ集めだった。土台の下にビニールが引いてあるのでそこまで掘ってくださいといわれその通りやっていた。ビニールの上には大量のヘドロがたまっていたため休む暇もなくスコップで堀り、土嚢に詰める作業が続いた。

 ぼくは、ヘドロを扱うときはマスクをしていたほうがよいと聞いていたのでしていたがほかの人はスタッフもほとんどしていなかった。まぁそんなことを思いながら、土台の中のヘドロはみんなの力ですべて取られた。僕はヘドロ取りが早く終わったため他に何かできる仕事はないかと聞いたところ土台の周りの砂を掘ってくれと言われた。そう言われたのでその通りやってみるとどれだけ掘っても底が見えないほどヘドロがたまっていた。

 そしてその中からコップが出てきたり大量のガラスが出たり鉛筆などの生活用品が出てきた。結局そこの穴掘りは今日では終わらないと判断され延期となった。それで、もうすぐ時間が来そうだったので、最後はほうきできれいにして今日の一日のボランティア作業が終わった。

 七ヶ浜から帰るとき母の仕事のことを聞いた。「集会所でお年寄りの方の話し相手になったんだけど、不満をいう人たちが多かった。集会所が午後の4時ぐらいまでしかあいてなく集会所の意味がなっていないだったり、この前寄贈してくれたマッサージを使うのに医師の許可が必要だなんて言うし、それからフリマ‐ケットではルールがほとんどないためすぐ行かないと売り切れるからなにも買えないとかおっしゃってた。」まだまだ沢山話があったが、被災した地域の自治体運営の難しさなども知った一日だった。
これが僕のレポートです。

            佐賀県より 高校1年生の体験談


2011.10.13メッセージ入りの雑巾をお届けしました

  10月13日に、塩竈第二小学校にて、メッセージ入り雑巾700枚の贈呈式が催されました。 

  韓国の留学生や小学生など様々な方から贈られた雑巾です。

 イラストやメッセージの入った雑巾をみて「もったいなくて使えないね」 「わー!かわいい!」 などの歓声が上がりとても和やかな会となりました。 

佐賀県については、「どこにあるか知ってる?」

「はなわや、佐賀のがばいばあちゃんは?」  「それなら知ってる!」 というような認知度でしたが、今回のことで少し親近感を持ってくれたようです。

 第二小学校は高台にあるため津波の被害は逃れました。しかし震災で体育館や校舎の横壁が広範囲に崩れ落ち、とても危険だったそうです。現在はシートを被せて修理待ちの状態です。

 最後に小学生の一人が代表でお礼のメッセージを読んでくれました。

このほかに、塩竈市の第三小学校、杉の入小学校教育委員会を通じて雑巾を贈っていただくことになっています。

 この日は他に台湾と福岡県の高校生の作成した応援パネルも皆さんに見ていただくことができました。教育委員会を通じて塩竈の全小学校へ回して展示してくださることになりました。

 贈ってくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。

また、受け入れ先を探してくださった塩竈市議会議員の鎌田礼二先生、塩竈市教育委員会職員様、小学校校長、4年3組の生徒さんに深くお礼を申し上げます。

 

※塩竈市への募金先

銀行振込七十七銀行 塩釜支店 普通 9041931  塩竈市会計管理者

 (備考欄に ○○小学校へ、福祉関係へ などと記入して指定も出来るそうです。)

お気に入りのTシャツ 6月~7月

 佐賀と福岡の方々が新品のTシャツを集めてくださり、300枚ほどになりました

他にもシーツ、タオルケット、肌賭け、虫除けなど

幼稚園の親御さん、先生、他沢山の団体個人の方が、自分が着て嬉しいものを選んで届けてくださいました。

中にはコメントを書いてくださったものも。

 くさのねを通して、石巻の幼稚園、看護士さん、先生、仮設待ちのお宅や陸前高田などへ発送しました。

今後も現地で必要とされていることを教えていただき、遠い所からでも出来ることを全国へ発信したいです。

この取り組みは、物資に限ったことではありません。物資はきっかけで、そこからお話しやお付き合いが生まれることが重要と考えています。

 

 

 

 

 

 

佐賀大学付属中学校  雑巾を蒲町中学校へ

6/2

  佐賀大学付属中学校の2年生が、メッセージ入りの手縫い雑巾を宮城県の蒲町中学校2年生に送る取り組みを授業で行いました。

 あいコープみやぎの理事さんを通じて実現できました。

手縫い雑巾に5センチほどのメッセージを書くのですが、みんな、なんと書いてよいのか大変迷っていました。

「絶対に、がんばってとは書きたくない」という男子生徒や「数日前から悩んでいる」という女子生徒。

「がんばって!」とのコメントの横に自分の好きなドラえもんのイラストを書いたり。

 悩みに悩んだ末の「がんばって」は、先方の心にも届くと思いました。

男の子も必死に縫い物をしている姿が印象的で、この手作り感たっぷりの雑巾を蒲町中学校の生徒さん達はどのように使ってくれるかな と 想像しています。

 

 

 

主婦の目線 掃除用品

 

5/13  塩釜ボランティアセンターへ、廃油石けん「さいかち」ボトル70本をしおさい地区の委員さん達に届けていただきました。

 

4月に作業に行った際、必要と思ったものです。

その他、ステンレス金たわし、スリッパ、ハブラシ、アクリルたわしなどは、佐賀県の主婦のみなさんが周囲に声をかけ、沢山集めてくださいました。

 

塩釜ボランティアセンターから多賀城や石巻など他のセンターへも届けてくださるそうです。

 

ボランティアセンターでは、このほかに「土嚢袋」がいくらあっても足りないそうです。

土嚢はヘドロや瓦礫を詰めて運び出す際に使用します。

土嚢袋も集めるか、集める資金を調達して届けられたらと考えています。

  

 

物資

5/3

 

引き続き、センターなどに集まった物資をあいコープ理事が中心となり

離島や沿岸部、被災地に届けています。

残っている物資はチャリティーで資金にし、必要な時に必要な所で

利用する形を計画中です。

 

物資は、流通が回復しつつある今、何でも良いからくださいというエリアは

だいぶ減っているように思いました。

仕分けや分配の手間、送料を考えると、チャリティーでお金に変えて送るか

新品のもの、新品に近いもの、箱単位でまとまっているものなど限定して

集めておき、希望があったときに送るというような形が良いように思います。

 

現場にいらっしゃる皆様、支援を希望していただける皆様、意見をください。

もう少し煮詰めて的確な支援を検討します。

 

炊き出し

関東のパルシステムと共に炊き出し支援活動が始まっています。

次回は4/13,14の水木で行うそうです。

石巻専修大学の災害支援センターを拠点としています。

 

 

 

 

 

石巻支援センター以外にも、沢山のエリアで現地作業手伝いの募集を行っています。

    ・宮城県災害ボランティアセンター

 http://msv3151.c-bosai.jp/

 

 ・福島県災害ボランティアセンター

 http://wwwcms.pref.fukushima.jp/

 

 ・岩手県災害ボランティアセンター

 http://www.iwate-shakyo.or.jp/vc/index.html

 

 

関東から現地へ作業手伝いを希望する方

ap bank

http://www.apbank.jp/index.html

 

週末のみの受け入れも行っています。女性も炊き出しや掃除など、出来ることは山ほどあるそうです。

装備や保険など、各募集の事項をよく把握して現場へ向かってください。

装備、昼食、飲み物なども持参です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草の根プロジェクト

理事を通しての活動

佐賀県鹿島高校生徒会物資
佐賀県鹿島高校生徒会物資

佐賀県鹿島高校生徒会から、工藤理事宅へ11箱もの

物資が届きました。

内容はタオル、お米、のり、下着、カイロ、マスク

トイレットペーパー、ポケットティッシュ、からだふき

おしりふき、軍手などです。

 

仕分けし、各理事を通して他地域に配ります。

鹿島高校の皆様、本当にありがとうございます。

               ↓

 

その他にも集まっていた物資を理事数人で仕分けして

くださり、各地域に届ける手配をしてくださいました。

 

 

4/4

岩沼はディサービスと山元と亘理から避難している

ご家族に届けました。
気仙沼に向かう皆様、よろしくお願いしますm(_ _)m

 

斉藤理事

 

4/5

しおさい委員を通じお届けした相手先

七ヶ浜町吉田浜公民館とその周辺個人宅での避難者
塩竈市 離島サブ沢
委員の知人の被災者久慈市
地区委員七名とその周辺組合員とご近所

週末に石巻と亘理に主人が届けます

 

黒田理事


4/5

支援物資昨日は、若林区中心に回りました。

今日、南三陸町に支援にいく息子の担任の先生に

必要なリストを元にまとめさせて頂いた物資を託しました。

欲しい物が欲しい人へ確実に届けられるように、次の希望の

物資は何か聞いてきてもらうことにしました。

継続的な支援が必要な事をおっしゃっていました!

長く支援を続けるつもりで、一回目とさせて頂きました。

ありがとうございます

 

高橋理事

 

4/5

陸前高田、気仙沼方面へ個人つながりで物資を運ぶ

ルートに託したもの、 地区委員、組合員の近所の

ネットワークで届けました。

 

高野理事

   

石巻へ

4月1日(金)

 

佐賀から送られた物資を届ける為、仙台市泉区から

石巻に行ってきました。
どこで支援物資を受け取ってくれるかわからないまま

ボランティアセンターがある石巻専修大学に向かいました。

 

 

三陸道路が前日に一般車両の通行可になったので、多少渋滞もありましたが

1時間半程で到着しました。

ボランティアセンターで支援物資を受け取ってくれると言うことで、ほっとしました。

名前、支援物資と住所も記入すると言うことでしたので、あいコープ で私の自宅

住所を書いてきました。

 

そこで声をかけてくれた方は、鹿児島から一人でボランティアとして来てくれて

いました。

震災当時、操業に出ていた宮城の船が鹿児島で水揚げすると聞き、宮城に戻る

その漁船に乗せてもらって来たとのことでした。

 

お仕事もほっぽりだして、助けに行かなきゃと思ってくださったそうです。

とても有り難い事です。

 

石巻はだいぶ支援物資が入るようになって来て、大きな避難所では物が渡る

ようになりましたが、小さなグループで避難していたり、自宅にはいるけれど

支援が必要な所にはなかなか物資が行き届かないのでボランティアの方々が

ローラー作戦で市内をまわり、このような状況の被災者に物資を届けてくれると

お話を聞かせてくれました。

 

大学のグランドにはボランティアの方々のテントでいっぱいでした。

駐車場の車のNo.を見るだけでも京都、大阪を始め日本のあちらこちらから支援の

手が差し伸べられていると実感しました。

自衛隊の車輌もものすごい台数が来ていて、心強く感じました。


大学周辺は被害がなく、テレビでみるような悲惨な光景を目にする事は

ありませんでした。

 

海沿いにある石巻漫画館を目指していきましたが、徐々に被害の様子が見えて

きました。床下浸水から床上浸水とだんだん被害が酷くなっていき、道路脇に

寄せられた瓦礫や泥の量が増えると共に信じられないような光景が見えてきました。

 

車が横転したままであったり、すっかり縦になって庭先にあったり、家も傾いたり

崩れたり、そしてあるはずのない大きな船が道路に横倒しになっていたり。。

 

テレビの映像では見てはいましたが、実際に被災地を目の当たりにすると本当に唖然と

するばかりで声も出ませんでした。

 

被害の大きい地区は、電気もまだ復旧しておらず、信号も消えたままで埼玉県警の

方々が交通誘導してくださっていました。


道一本、川一つ越えるだけで、天と地の違いほどの被害の差がありました。
改めて、命の有ることに感謝し、多くの人の助けに感謝しました。

 

自宅に戻り、泉区の自宅周辺とのギャップがあり過ぎて、今日見てきた事は

現実だったのか。。。と、なんとも言えない気持ちでボーっとしてしまいました。

 

 

泉A地区委員 星 恵: 組合員 小池百合子

仕分け

4/4

 

あいコープに集まった物資を理事達が仕分け

リストアップして地区委員組合員ルートから

必要な所に届けるような体制を作っています。

現在、知人から知人へ、その方が避難所や支援が

必要な人へ直接届けるのが一番早く的確なようです。

 

集まってきている物資は、

保存食、おむつ、ウェットティッシュ、ホッカイロ、水など

様々でした。

 

食料は、だいぶ行きわたるようになってきたようです。

 

今は温かい出来たての食事が何よりだと思います。

大きな団体などで可能な方は、避難所での炊きだしも大変ありがたいと思います。

熱源も持参でゴミもすべて持ち帰るような形で。

 

その場合は支援したい場所へアポイントをとり、何食分何月何日に提供しますと

決まればお互いにスムーズですね。

 

温かいお茶やお菓子も避難所の子供も大人も、ホッとできて喜ばれるかもしれません。

 

現場も受け入れが混雑してやり取りは難しいかもしれませんが、そこでストップせずに

現場に迷惑をかけず支援ができたらよいのですが。 。

 

現場で私が確認しました今、必要な物資の情報は、

4/4現在で、男性物、女性物共にM、Lサイズの下着、靴下、シャツ、は洗濯できない

地域が多い中、どこでも必要とのこと。

市の職員さん自身も被災している中で支援活動を優先していることもあり、自分たちの

下着がなく困っているそうです。

 

必要としている物資は、日々刻々と変わっていく中で、歯ブラシ、マスク、水、レインコート

ウェットティッシュ、スリッパ、おむつ、ナプキンなどの衛生品は、随時必要かと思います。

   

 

荒浜地区へ

4/1

荒浜地区の避難所で必要な物を委員さんが届けたいとのことで、

呼びかけをし、沢山の物資が集まりました。

荒浜地区は津波災害に遭い家をなくされた方も多くいらっしゃいますので、

現在では靴や下着類、マスク、歯ブラシ、歯磨き、衛生用品の依頼がありましたが

必要なものは日々変わってくるかと思われます。

 

ご協力くださった泉A地区委員の皆様、本当にありがとうございました。

 

 

 

3/29

3/25に佐賀から仙台市泉区宛て送った物資が無事届いたそうです。

 

地区委員さんと組合員さんが石巻まで届けに行ってくださることになりました。

現場の話しを是非聞かせていただきたいと思います。

 

泉から石巻は2時間以上かかります。どうかお気をつけて><!!

 

 

 

3/27

発足してまだ二週間程度ですが、沢山の方から支援が集まり、びっくりしています。

献血にも足を運んでいただいたり、応援メッセージをいただいたり。。

 

本当にありがとうございますっ;;

 

 

 

 

3/25

石巻に支援に行くという知人宛てに、実家に続々と届く物資を発送しました。

衣類や食糧です。

宅配もずいぶん可動してきました。

一部の地域では個人宅に送れる所も出てきました。

うれしいことですね。 

 

 3/22現在

・あいコープの生産者である大郷みどり会のみなさんが震災後早々に平飼い卵や

 野菜を届けてくださいました。

 

・グリーンコープなどの他生協から物資が届き職員が仕分けして避難所へ届けた

 そうです。

 

・知人からの物資も無事に届き配布できたとのことです。

 かゆい所に手の届く品揃えで大変喜ばれたとのこと。

 (おしりふきやナプキン、ホッカイロなど)

 東京郵政剣道部の皆様、同級生のみなさま、浦安関係のみなさま、

 地区委員発信で支援してくださったみなさま、、

 ほんとうにありがとうございました。

 

◆支援活動報告:理事、職員の皆様写真や活動報告を是非お願いいたします!◆